ヘリテージについて
ヘリテージの設立経緯
ヘリテージ設立の3年前の1996年、毎年行われる河口湖ハーブフェスティバルのステージに、富士五湖周辺のバンド仲間が出演していたのがきっかけになりました。ハーブフェスティバルはラベンダーの開花時期にあわせて6月の下旬から7月の中旬まで行われるイベントであり、毎夜そのステージに、我々音楽仲間が出演していたのです。
その時期に、河口湖ステラシアターという素晴らしい屋外ステージが完成し、「いつかステラで演奏したい!」という気持ちになるのにそう時間はかかりませんでした。今では信じられない事ですが、私たちがバンドをやっていた時代(1975年頃)は「音楽をやっているやつは不良だ。」と言う目で大人達から見られ、「こんなに素敵な音楽が、なぜ受け入れられないんだろう?」「音楽がなぜ悪く思われるんだろう?」と、ずっと不満をいだいていました。そんなこともあって、「音楽で何かの役に立ちたい。」と言う気持ちが膨らみ、1999年に念願のステラのステージで演奏する夢が実現したのです。
最初は、ハーブフスティバルのステージに書いてあった「富士山憲章」に賛同し、「未来の地球を担ってゆく子供達に、そのままの自然を残して行くのが我々大人の使命だ。」と思い、環境保護活動に収益金を使ってもらうためのチャリティーにしようとしました。
そのまま準備は進められましたが、本番の3ヶ月位前に、ユニセフから偶然にダイレクトメールが届き、みんなで話し合った結果、方向を変えようということになったのです。どのようなメールかと言いますと、「世界中で、戦争や自然災害などで、罪のない多くの子供達が苦しんでいます。わずかなお金でも、大勢の子供達の命が助かるのです。」と言った内容でした。はっきりした文は忘れてしまいましたが、そこにはこうとも書いてありました。「ユニセフが世界で初めて活動したのは、我々日本人の子供達のためにです。第二次世界大戦で食料も着る物もない子供達に、毛布やスキムミルクを配布したのがスタートです。」世界中の人達に、我々日本人が助けられたのです!
それで、収益金のすべてを、世界中の子供達のためにユニセフに使ってもらおうと思ったのです。それから二年間ユニセフに全額寄付してまいりましたが、「是非、直接手渡しをしたい。」という気持ちがだんだん膨らんで来て、たまたま紹介していただいた方にカンボジアのチェレ村の事を教えてもらい、実際にスタッフで訪れました。そこには、校舎が小さすぎて、勉強をしたくても出来ない子供達が沢山いました。子供達にはノートもなく、黒く塗った板きれを使っていたり、同じように板きれに鍵盤を書いた物で、音のない音楽の授業をしていたのです。授業料の1ドル(年間)も払えなくて学校に行けない子供達が、ストリートで物乞いをしていたのです。私たちは容易に決断する事ができました。そして2001年より、カンボジアのチェレ村の子供達をサポートし始めて現在に至っています。(なぜカンボジアなのかは、カンボジアコーナーで紹介させていただきます。)






