なぜカンボジアなのか
カンボジアとの出会い
1999年から始まったヘリテージ・ミュージック・フェスティバルですが、初めは「未来の地球を担う子供達のために、美しい自然をそのまま残して行こう。」との主旨で、環境保護に収益金を使ってもらう事になっていました。それが、大人達の欲や、他を認めない狭い心のせいで争いごとをおこし、世界の罪のない子供達がその犠牲者になっていることをユニセフの手紙によって呼び起こされ、ユニセフに収益金を全額寄付することに変化していったのです。
しかし、ユニセフに寄付するだけでは実感が湧かず、「直接、子供達に収益金を持って行きたい!」という気持ちが、年を重ねるごとに膨らんでいきました。でも、どこの誰にどうしたらいいのか、私たちには知る由もありません。色々な人にその事を相談した所、ある方が、「カンボジアのチェレ村の学校をサポートしてる人を知ってるよ。そこは先生はいるんだけど、校舎がなくて木陰などで授業をしているらしいよ。」という事。そこで紹介していただいたのが、星美学園のシスター稲川さんでした。
ちょうど、山中湖にある星美ホームという所にいらっしゃっておられたので、会いに行く事にしました。そこで、フィリピンや東ティモール、カンボジア、アフリカなど、世界中の悲惨な子供達の状況をお話し頂いて、今ちょうどカンボジアのチェレ村をサポートしてくれる人を探しているとおっしゃったのです。「ボランティアとは?」「カンボジアの子供達の様子は?」「私たちに出来る事とは?」など、色々な質問を投げかけ、なんなくお答えになるシスターを見て、「カンボジアに行ってみよう。」という気持ちになったのです。
カンボジアは、銀行さえも信用できず、お金を送る事はできないそうで、大金を抱えて、機関銃強盗を心配しながら、チェレ村に行ってきました。プノンペンから車に揺られて30分、窓から見える景色は、赤い粘土質の土と、木の葉を乗せた小さなまばらな家々、痩せこけた牛、そして丸裸の赤ちゃんをおんぶした子供達です。
学校に到着すると、そこにはお粗末な小さな校舎が一つと、屋根だけの壁のない建物が一つあるだけでした。とても驚いたのは、子供達はとても明るく、目がキラキラ輝いていた事でした。どの子も、屈託のないその笑顔はとても素敵で、貧しさなど感じられず、貧しさと不幸はイコールではないんだなと思いました。そして、その貧しい子供達から、勉強ができる幸せや喜びを奪ってはならないとも感じました。
その学校は、シスター・オフリニがサポートしており、宗教色を心配しましたが、それは余計な心配でした。シスターはキリスト教を強要せず、地元に息づく宗教を尊重なさっていました。私たちも調子に乗って「天国は、ない〜♪」と、イマジンを子供達の前で歌った程です。
カンボジアへのサポートを、二回、三回と重ねるごとに、新しい校舎が建ったり、校庭も出来たりして「チェレ村のこの学校へのサポートは、もうそろそろいいのかな?」とも思った事がありました。しかし、子供達と触れ合う事で、子供達の考えや夢、そしてまだまだ変わらない貧しさの現実を心に感じ、「ここで終えたら、ここの子供達はどうなるんだ?ただ校舎だけ建てればいいのか?この子供達は私たちを頼っているんだ。」と思うようになりました。
ポルポト政権下で、文化はいらないものとし、多くの教育者や指導者が殺されてしまったカンボジアでは、大人より子供の人口が多いのが現実です。不幸な出来事が起こったカンボジアを立て直すために、また、みんなが幸せになるために、次世代を担う子供達への教育が、一番大事であると思います。大げさではなく、ここのチェレ村の子供から、平和なカンボジアにするための大統領が育つかもしれません。
学校が出来て勉強ができるようになったおかげで、子供達は様々な夢を語り始めました。
「医者になって、お金がなくて医者にかかれない貧しい人
を助けたい。」
「歌手になって、カンボジアのことを歌い継ぎたい。」
「ガイドになって、世界中の人にカンボジアの事を知って
もらいたい。」
すべての現実は、夢から始まるのです。
医者になる夢を語ってくれた子供が、奨学金を貰えるように一生懸命勉強して、町の高校に通い始めました。心ある皆さんのおかげで、子供達の夢は歩み始めているのです。私たちはカンボジアと出会い、その子供達と出会い、その子供達のうきうきしてくるような夢とも出会いました。これからもカンボジアをサポートしていこうと思います。
TOPICS
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- 9/21付けの山日新聞で紹介
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